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「海の駅から」⑨

 木村摂津守は幕府に対し、ジョン万次郎を咸臨丸の乗組員に加えることの必要性を、強く訴えた。万次郎が日本語と英語を通訳できるだけでなく、非常に高度な操船技術、航海技術の持ち主であることを知っていたからだ。

 米国の捕鯨船ジョン・ハウランド号に無人島から救出された万次郎は、米国本土にわたり英語、数学、測量術、航海術、造船技術を学んだ。さらに捕鯨船の乗組員となって技術を磨き、一等航海士にまでなっている。

 4年余にわたる万次郎の捕鯨生活の航海軌跡を見ると太平洋、大西洋、インド洋、南米大陸最南端のホーン岬、アフリカ大陸最南端の喜望峰など、世界の海のほぼ全域におよんでいる。スエズ運河もパナマ運河もない時代に、これほど広域の航海を経験した人間は少ないはずである。もちろん日本人は万次郎だけであろう。

咸臨丸の太平洋横断に、万次郎の技術と経験が必要と考えた木村摂津守の判断は正しい。木村の要求がようやく通り、万次郎が咸臨丸の乗組員に加わることになった。だが航海士としてではなく通訳としてであった。

万次郎が咸臨丸に乗船することに、幕府がなぜ難色を示したのか。『中濱万次郎』(中濱博、冨山房インターナショナル)はこう記している。

〈勘定奉行らの評議では万次郎が同行すると「意外ノ弊害モ生ズベキ懸念」があるので、オランダ通詞を含めて、他の通訳を行かせるべきであるという。しかし、評議の結果、軍艦奉行も行くので弊害を生じることはないだろう、ということで乗船が決まった。このことは、万次郎をよく見張っていろということで、後にいろいろなことでこの「監視の目」が邪魔になる。「意外ノ弊害」とは、まだ、万次郎がアメリカ側に有利な通訳をしないか、あるいはスパイをしないかという疑いをもたれていたことを指す〉

開国までの日本の“外国語”はオランダ語であり、それにあぐらをかいてきた幕閣や通詞たちが保身のために、万次郎の乗船に反対したようすも伝わってくる。

 

 

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