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「海の駅から」⑧

 米国政府が提供した軍艦・ポーハタン号に乗船して、日本の遣米使節団が米国に向かう。その使節団を咸臨丸に「護衛」させるというのが、幕府が出した政策だった。

 ポーハタン号は米国海軍が誇る最新鋭の軍艦である。日本に何度も来航し、ハワイ諸島、琉球諸島に補給基地を築いており、太平洋航路はいわばホームグラウンドである。

乗組員は操舵、操帆、天測、気象、砲撃などの優れた技術と知識を持つプロたちと、指揮と規律で行動することを訓練された水兵たちである。おそらく当時の世界最大最強の軍艦であろう。排水量が3765トンもあった。

一方の咸臨丸は排水量620トン、ポーハタン号の6分の1である。士官の乗組員は海軍伝習所で教習を受けてはいるが、遠洋航海の経験はない。水夫、火夫と呼ばれた乗組員たちは、外洋航海の経験がないだけでなく、蒸気機関のスクリュー船に乗り込むのが初めてという者も、少なくなかった。

ポーハタン号と咸臨丸は、質量ともに格も桁も違っていた。その咸臨丸に「護衛」させるというのだ。現場を無視して権威にこだわり続ける幕閣たちの、不遜さが透けている。

そうした無責任な策に危惧を募らせた人物がいる。咸臨丸の司令官に任命された木村摂津守である。木村は長崎海軍伝習所の「取締」の職に就いたことがあり、伝習生たちの実力、能力がどの程度か見当がついた。

木村は日本人の乗組員だけでの太平洋航海は、無理と判断した。無事に太平洋を横断して、幕府の面目を保つためにも、外洋航海に熟練した船乗りを同乗させなければいけないと考えた。

 

木村は、横浜に滞在中の米国海軍大尉ブルック艦長とその部下とジョン万次郎を、咸臨丸の乗組員に加えるために動き出す。ブルック艦長が率いる米国の測量船フェニモア・クーパー号が、横浜沖に停泊中に時化の波をうけ座礁し、船体が破損し航海不能になり、ブルック艦長と乗組員が、米国に帰る船を待っている時だった。

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