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「海の駅から」25

 海の駅あしずりの「ジョン万次郎資料館」を訪ねたのは、今年3月だった。過去と現在が同居しているようなその空間で、万次郎が“未来体験者”であったことに、あらためて思い至った。

 万次郎が米国から帰国し、ふたたび日本で暮らした時期は、江戸時代末期から明治時代中期である。幕藩体制から国家体制に移行した時期である。道具の時代から機械の時代への移行を開始した時期でもある。

 つまり、日本が「近世」から「近代」に移行した時期であるが、すでに万次郎は「近代」を経験していたのだ。米国は投票によって大統領を選ぶ政治体制を構築していた。北部を中心に機械化による近代工業が急成長していた。

 奴隷制度があり人種差別が根強くあったけれど、個人の権利、自由、平等を守ろうとする意識が高まっていた。無学だった万次郎を見識、技術に優れた一等航海士に育てた教育や社会の仕組みが、近代国家の証しでもある。

万次郎は近代の国から近世の国に戻ってきたのだった。

 明治新政府の実権を握った人たちは、欧米の近代工業文明の導入に異常なほど執着したが、近代を知る万次郎の登用になぜか消極的だった。そのことに興味を持ち万次郎に関する資料をあたってみると、意外なほど記録や資料が少なく、原典や出典が限定されていることを知らされた。

 それを補ってくれたのが、高知工科大学大学院教授の草柳俊二さんだった。草柳さんは、万次郎の足取りを丹念に調査してきた。「ジョン万次郎資料館」に展示されている12隻の帆船模型の製作者でもある。

 草柳さんの的確な助言と資料提供がなければ、「海の駅から」の連載はできなかった。「万次郎は今も、世界観を持った人物像とはどのようなものかを問いかけてくれています」の草柳さんの言葉に、何度も勇気づけられた。 

 

児童文学作家のマーギー・プロイスの『ジョン万次郎―海を渡ったサムライ魂』が、米国で売れているという。

 

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以上をもちまして、「海と船と港の物語」より、「海の駅から」全25回は終了です。ご愛読いただきましたみなさま、ありがとうございました!!

                 (ジョン万次郎資料館職員一同)

 

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