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「海の駅から」⑳

 明治政府の基盤が固まるにつれて、新政府の中枢に就いた人たちに都合のよい“維新のシナリオ”が創られていった。江戸幕府の封建制度に反対する若き志士たちが討幕運動に立ち上がり、国際社会の仲間入りを果たす開国を実現し、新政府を樹立し近代日本を開いたという筋書きである。

 しかし、米国から開国を迫られた時に、誰もが声高に攘夷を叫ぶだけで、開国を主張した人物などほとんどいない。ましてや、当時の国際情勢を知る人物など一人もいなかった。

 世界中の海で米欧の国々の船が活動していることを説明し、開国の意義を幕府に進言したのは万次郎だけである。その万次郎の名前が、維新のシナリオから抜け落ちている。

 草柳俊二さんの次の言葉で、合点がいく。

 「航海士が必要な知識と経験は航海術だけではありません。航海中の船は一つの国であり、当時の航海士には行政、司法、外交、商取引や戦闘など、幅広い能力と見識が求められていた。これは基本的に今も変わりません。万次郎は有能な航海士だった。明治政府の立役者たちは、彼が備えていた航海士としての知識や技術や思考力の奥深さに驚き、脅威を感じたと思われます」

 新政府の官僚たちが、万次郎の能力を認めながら、万次郎を敬遠した理由が見えてくる。彼らは航海士を船頭と同じレベルで考えていたのかも知れない。

そんな新政府を風刺するように、開国と万次郎をモチーフにした歌舞伎の芝居が作られた。1888(明治21)年、万次郎が61歳のときである。

 芝居では、万次郎がペリーの黒船を呼んだと思い込んだ4人の浪士が、万次郎を暗殺しようと襲う。万次郎は拳銃で敵の気勢を制し、米国の進んだ文明を話し、日本の進むべき道を諭す。浪士たちは「外国の事情を聞き得心した」と詫びる。

 

 万次郎役を市川左団次が演じたこの芝居が、興行期間を延長するほど大当たりした。だが急に公演が中止になった。裏で政府の力が動いたことは、誰もがわかっていた。

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